昨年あたりから、恋愛リアリティーショー、いわゆる「恋リア」にハマっています。見ているのはもっぱらAbemaのシリーズです。
セリフが細かく決められた台本がないので、本人たちの言葉がとてもリアルです。なんとなく見始めたものだけど、今やすっかり番組を楽しみながら、恋愛や結婚について考える時間になり、学ばせてもらってます。
最近見たのは『時計じかけのマリッジ』(通称:とけマリ)。私より年齢はだいぶ若い女性3人だったけど、ダメ出しされる部分には共感しまくりで、立ち向かう姿には尊敬の念すら湧きます。
もっとも痛感させられたこと
この番組を見て一番グサッときたのは、いまだに私は「感覚的なもの」を信じすぎている、ということ。
恋愛経験は多くないのですが、その経験から私は、「人を好きになるのは感覚的なもの」という考えを強く持っています。さらに、紹介や合コン、マッチングアプリの経験からも、「数をこなせばいいというものでもない」とも思っています。
だから、「出会う時には出会うし、出会わない時には出会わない」という頑固な自分哲学があるのです。
でも、やっぱりこれも完全に間違いだとは思っていません。どうしても恋愛や結婚相手として見れない人はいるし、たくさんの人に会えばいいってもんでもないからです。
とはいえ、とけマリの女性3人はみんな素敵な女性なのに、真っ向から婚活に挑み、悩み、葛藤している。そんな姿を見て、私の自分哲学は、ただの能天気な運命論になってしまっているとハッとしたのです。
植草先生の言葉
とけマリでグサグサとくるものの1つは、植草先生の言葉でした。
・待っていればくると思っている“電柱女”
・結婚に対してふわふわしている“シャボン玉女子”
などの名言はもちろんのこと、
・現実の中で一緒に暮らす力が必要になる
・そんなパーフェクトな男性はこの世にいない
・結婚は点じゃなく線。自分の未来予想図はある程度決めておかないと、結婚後が全く見えなくて相手ともすり合わせができない。
といった内容も話されていて、ぐうの根も出ない。
考えること、言語化すること
自分がこれまで主に仕事で経験してきたこと、判断基準やその結果については言語化することはできると思います。でも、仕事であっても偶然のように感じる「出会い」「ご縁」や、過去の恋愛については、うまく言語化できないことがまだまだある。
それはもう、出会うべくして出会っていて、ある程度は決められているものだ、みたいな感覚で。実際、そういう部分もあるんだと思うんです。
ただ、それでもその時の思考を言語化したり、どういう未来が欲しいのか、どういう生活を送りたいかといったことはもっと考えられるし言語化できるんだと、とけマリを見て思えたことは何よりも大きな学びだったと思います。
確かに、過去の「出会い」や「ご縁」だって、それまでに考えていたことや思い描いていた理想はあったし、それでうまくいったり、うまくいかなかったりしてきたわけだから。
「なんとなくで進んでいくもの」「感覚的なもの」と、逃げて怠けてしまっていたのかなと、情けないなと思いながら反省です。
恋愛と結婚は別物
耳の痛い現実を、まざまざと突きつけられたとけマリ。恋愛や婚活する姿をこんな風に見せてもらえるなんて、ほんとありがたいなぁと思います。自分だったら見捨てられてもおかしくない超婚活劣等生になってしまうだろうな…。
今回ハッキリ思ったのは、「恋愛と結婚は別物」ってこと。植草先生のお話を聞いていて、「恋愛アドバイザー」と「婚活アドバイザー」って、全然言うことが違うんだなと腑に落ちました。目的によって、自分がどちらのアドバイスを優先させるかは明らか。一緒のように思っていたから、これも学びです。
とはいえ私も、出演者の方々のように「いや、でも……!」と反論したくなる気持ちがよくわかります。しかし、専門家のアドバイスは、否定せず一回は受け入れようと思います。
「出会い」や「ご縁」は偶然的、感覚的なものかもしれない。でも、どんな人とどんな未来を望むのかは、自分で考えて言葉にしていく必要がある。とけマリを見て、そんな当たり前のことを改めて教えてもらったのでした。
[ルールの実践]褒める・感謝する
(参考記事→こちら)
・Cさんから仕事のオファーをいただいた。お声がけいただけてありがたい。
・オファーいただけたのは、これまでの仕事での評価でもある。がんばってきてくれて私ありがとう。
・苦手な二次会を勇気を出して断った。がんばった。
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