挑戦したいときの”お金の不安”との向き合い方

私が「独立」を考えた途端、さまざまな不安が湧きました。その中でも、大きかったのがお金の不安です。

安定収入がなくなるということから、今まで感じたことのないような、立っている地面が揺れて、足がぐらぐらするような感覚の不安を感じたことを覚えています。

人って、ある意味ただの数字で、ただの紙切れとも言える「お金」に、揺さぶられますよね。傲慢になったり、萎縮したり、気分が良くなったり、怖くなったり。時には判断を誤ることも。

私も散々、揺さぶられています。
とは言え、社会人になるまでは無頓着な方で、初めて真面目にお金について考えたのは、独立を視野に入れてからでした。

その時にどう考え独立を決断できたか、まとめてみます。お金の不安の先には、思いもよらないものも見えてきました。
 

お金の不安の正体

不安はたいていが漠然としていて、得体がしれないものです。私の場合は、独立したいと思った時、

「収入がなくなる。出費は増える。生活できなくなる!」

という不安がありました。まずはこの不安の正体を、もう少し掘り下げてみました。

『貯金が底をつき、家賃が払えなくなる。そうすると家を追い出されて、最悪の場合、実家に出戻り。独立を快く思っていない家族には『それみたことか!』と言われ、地元でも肩身の狭い思いをする生活になる…絶対イヤだ!!』

そんなことを考えていたのです。
つまり、お金の不安の奥にあったのは「肩身の狭い生活への恐怖」でした。

「生活できなくなる」と思っていたことは、実際には、「自力では生活できなくなるかもしれないけれど、生きていけなくなるわけではない」ということだったのです。

書き出してみると、小さなプライドだな…と、少し恥ずかしくも思ったり。

すごく当たり前なんですけど、「お金がなくなっても、命がなくなるほどのことにはならないんだよな」とストンと腑に落ちて、これだけでなんだか少し安心したのを覚えています。
 

お金がなくなって起こる最悪のパターンで、気づいたこと

私にとっては、地元に戻る、肩身の狭い生活、というのは、激しく動揺してしまうくらい嫌で、とてつもない屈辱です。

ただそれと同時に、この最悪のパターンになったとしても、自分で選んだ結果なら、それは受け止めるしかない屈辱。最悪パターンと独立を天秤にかけたところで、独立に挑戦したい気持ちはなくなりませんでした。

それに、出戻る家があるというのは、とてもありがたいことでもあります。ブチギレされたり逆に大泣きさせてしまう可能性はあるけど、家のない娘を家に入れてくれな両親ではない、と自分が思えていることは、とても恵まれていると思うこともできます。

もし家族を頼れなくても、頼れる友達はいる。そう考えると、最悪のパターンに至るまでには猶予はまだあるし、最悪パターンになっても、自分次第でまたやり直せる状況には持っていける、という考えに至ることができました。
 

最悪パターン、ダンボール生活

ある知り合いは、頼れる家族がいないと思っている人でした。でもしばらく収入がなくなるような挑戦をしたくて、お金の不安が湧いてきた時、同じように最悪のパターンを想像してみたそうです。

それは、ダンボール生活

ホームレスになるのが最悪パターンだと思った彼は、「じゃあダンボールで寝てみよう!」と、何日か本当に外でダンボールで寝てみたそうです。そこで、「意外とあったかいと思った」、と。

私には到底真似できない図太さだなと思いますが、

「意外となんとかなる」

と、自分が思えるところまで不安を落とし込めたら、挑戦を止めるまでの不安にはならない、ということではないでしょうか。
 

お金の不安があるから、がんばれる

私の話に戻りますが、ここまでは「不安を小さくしていく」話でした。でも実は、この不安があったからこそ、がんばれた部分もあります。

家族に頼ること、出戻って肩身の狭い生活になることが嫌だ、というのも、無意識的に甘えたら自分のためにならない、と、頼れる場所があるからこそわかっている気がします。

「絶対にそうなりたくない」というのはプラスの力に変えられるし、「もしそうなったとしても、大丈夫」と思えたら、不安でどうしようもない時に、気持ちを少し和らげてくれます。

今はもう、同じようなお金の不安は湧いてきません。次は、貯金額とか老後とか、そんな不安がじわじわとあるような…ないような。また何かのブレーキになるような別の機会で、向き合ってみようと思います。
 
 

お金の不安は、お金そのものではなく、その先にある出来事への不安であることも少なくありません。だからこそ、その先に何があるのかをひとつひとつ考えてみる。

挑戦したい気持ちがあるなら、お金の不安も一緒に深掘ってみることをおすすめします。不安は消すものではなく、正体を知るものなのかもしれません。

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