#27 バージョンアップのタイミング

先日、「褒める・感謝する」のルールについて、捉え直しをした話を書きました。
(#26  「自分を褒める」の詰まりが、ポロリと落ちた瞬間)

そこから、さらに湧いてきたことを書いておきます。
 

感謝

詰まりがポロリと落ちて、ちょろちょろと流れ始めて、まず湧いてきたのは「感謝」です。

あの人が仕事してくれない。
あの人にこんなことを言われた。
自分ばっかり、めんどくさいことを押し付けられる。

そんな風に思うことが、最近はよくあります。

でも、

今の私の会社の基盤、生活の基盤となっているのは、この仕事のおかげだ。
あの人のおかげで、仕事やチームメンバー、クライアントへの向き合い方や在り方に、たくさん気づけることがある。
いろんなことをさせてもらえて、経験を積めている。

そう考えると、嫌だなと思うことも少しずつ、「ありがたいな」と思える時間が増えてきました。これは、これからどんなに良いことがあっても、悪いことがあっても、戻ってきたい感覚です。

そう思い始めると、些細なことにも感謝が湧くようになって。そんな時は、会話でもSNSでも、積極的に言葉にしていこうと思います。
 

自分を認める

もともと自己肯定感も低く、「自分を認めてほしい」という気持ちが自分の中にあることも、あまり認識していませんでした。でも最近は、そういう気持ちがよく湧いてきているなぁと感じます。

「認められたい」って、なんかカッコ悪いし恥ずかしい。そんな風にも思ったけれど、見方を変えれば、自分自身が、自分の価値を認識し始めた証拠でもあるのかもしれない、と思い直しています。

今の生活ひとつひとつが成り立っているのは、誰でもない自分が、ここまでがんばってきた結果です。

大きなことや、人との比較で、自分を過小評価するのではなく、身の回りにある物、人、仕事、ひとつひとつにも目を向けて、「これも自分が積み上げてきたものなんだ」と認めていこうと思います。
 

今の私が「褒めたいこと」

そして、「褒める」について。

私は今、自分が変わろうとしていることを実感しています。それは、最近のイライラやもやもやにも表れていて。

今までは、平和主義的にトラブルをなだめたり、自分が我慢したり、犠牲になることで揉め事を抑えたりして、物事を進めることがよくありました。

これは悪いことではないし、むしろ、これまでの私にとっては必要なプロセスでした。それで積み上げた信頼も、大きいです。

でも、次の自分は、これとは違う。

多少揉めても自分の意見を伝えたり、意思や要望をはっきり表明していく自分。

この脱皮の途中なのだと思います。だから、イライラやモヤモヤが出てきていた。

「こんなに犠牲になった分、認められていい」
「我慢して結果を出した分、評価されていい」
「感謝されていい」
「褒められていい」

という風に。

だからこそ、今私が褒めるべきは、「自分の意見を尊重したこと」だと気づいたのです。
 

具体的に、何を褒めるのか

では、「自分の意見を尊重した時に、褒める」とは、どういうことなのか。

例えば、何かの依頼を断った時。

「不快にさせたかな……」
「余裕がないと思われたかな……」

ではなく、

「NOと言うことで、自分の時間を守った。よくやった」

と考える。

納得いかないことがあった時。

「場の空気を悪くしたかな……」
「余計なことを言ったかな……」

ではなく、

「事業や人間関係において、良いと思った自分の意見を尊重した」

と考える。

決してわがままを言っているわけでも、相手のことを考えていないわけでもない。自分が今、大切にしたいものを守った。そこに、これからは目を向けて、積極的に褒めたいなと思いました。

もちろん、結果的に意見が通らず、どうしても意にそぐわないことをしなければならないこともあります。

それでも、まず意見を言えた自分を褒める。
その後、対応した自分も褒める
。

そうしていきたいです。

逆に、我慢したり犠牲にすることを続けているようであれば、そこを無条件に「よく頑張った」と褒めるのではなく、

「今の自分は、本当にこれでいいと思っている?」

と、一度立ち止まってみる。

これまでの自分にとっては、それも必要なことでした。でも、今の自分が褒めたいのは、そこではない。私が今、褒めるべきなのはここだったんだと、気づけました。

何でもかんでも褒めればいいわけではなく、今の自分が納得できることを褒める。

そう思えたら、「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い立てるでもなく、「何も大したことはできていない」でもなく、自分を労う言葉も、少しずつ自然にかけられる気がします。
 

必ず誰かに伝わっている

先日、とある事業のメンバーから、たくさん感謝の言葉を伝えてもらえたことがありました。

誰も見ていないだろうなと思いながら、仕事で地味なフォローをしていたことがありました。誰にも評価されないだろうけど、やってた方がいいと思うことを、やっていたのです。(えらいなー私。)

それを、ある1人が気づいてくれた。
すると、その人が他の人にもその話をしてくれていたらしくて。

その事業のメンバーと会うたびに、

「聞きましたよ!あんなことまでやっててくれてたんですね!おかげですごく助かっていました。ありがとうございます…‼︎」

って、わざわざ声をかけてくださって。

「あぁ、誰かは見てくれているんだな」と。

もっと安心して、自分のことを認めて、褒めてあげたいなって、思わせてもらえました。
 

ルールを、改めて実践していく

ルールを実践してきたことで、少しずつ自分の中で緩んでいく部分はありました。でも、違和感がなくなったわけでもありませんでした。

当たり前だけど、何でもかんでも感謝すればいいわけじゃないし、何でもかんでも褒めればいいわけでもないんですよね。それが少し、わかった気がします。

今までよりは、自分で自分に労いの言葉をかけられると思います。特に今は、次のステップに向けて変わろうとしている自分に目を向けていきたいと思いました。

もちろん、気持ちはまたイライラしたり、モヤモヤもします。

でも、

「よくやった!頑張った!」
「ありがとう!」

と自分に言ってあげることも間に入れながら、行ったり来たりしながら、自分を大切にできる時間を増やしていけたらと思います。

「感謝する」「自分を褒める」は、きっと「自分を大事にする」につながっていて、それは、「自分を大事にしてくれる人が現れる」につながっていく、はず。

これまで、恋愛・結婚以外では、人生全てでつながっていくことは体感できているんですよね。あとは恋愛結婚なんですが…

どうつながっていくか、楽しみにしてみます。
 
 

 

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