#28 自分の見直し

先日、丸1日半、ぶっ倒れておりました。
ある2連休のことです。

1日目は19時間、2日目は9時間、寝ておりました。
(途中起きたのは3回です)

自分でも引きます。

ダイエットで言うリバウンド、マッサージで言うもみ返し、のような気持ちです。ただ、「好転反応」とは言えませんが。

強制シャットダウン

連休前の夜から、何もする気が起きなくなりました。仕事が忙しかったから、疲れかな〜、今週頑張ったな〜…とは思っていたんですよね。

でもその翌朝、すごい頭痛と吐き気で起き上がれず。

連休、やりたいことがたくさんあるのに。何が悪かったんだろう?食べ物?…思い当たらない。頭痛と吐き気で気分は最悪。時間を無駄にしてしまう焦りも湧いてくる。

でも、いよいよ体も頭も動かないので、もう諦めて、しばらく横になることにしたわけです。

結果、2日で28時間睡眠。

まさかこんなに寝ることになるとは。

今考えると、頭を使いすぎてパンクして、強制終了したような感覚でした。
 

回復して見えてきたこと

2日目には徐々に回復し、ようやく体と頭も動き始めました。そして、自分に起きたことを振り返ると、ここ数週間、結構辛かったな、と。

仕事は、いつもより外出が多い週で、体力的にも疲労がたまっていました。また、仕事にも自分の意識にも変化が出ている中で、「ステップアップしていけるのが楽しみ」という前向きな気持ちと、「自分にできるんだろうか」という不安が入り混じっていました。

それが、「この先もやっていけるだろうか…」という漠然とした将来の不安にも繋がってしまうことも、頻繁にありました。

期待と不安の落差が結構大きくて、このギャップが、精神を疲労させていたように思います。

さらに、不安な時って、雪だるま式にいろんな負の感情を膨らませてしまいがちで。

ここ最近、今までにない動きや変化はあるけど、これといった決定打もない。自分が本当に欲しい変化は一向に訪れないじゃないか!っていうイライラも湧いてきてしまっていました。

いろんな人のアドバイスも、自分なりに素直に聞いて実践しているのに、結局思うようにならないじゃないか。

そんな気持ちが、アドバイスをくれた人たちへの怒りになったりもしました。

行き場のない悲しさや、自分でも理不尽だと思うような怒りで、心も体も疲弊しちゃったんですね。
 

『時には懺悔を』を観て

先日、映画『時には懺悔を』を観ました。重度の障害を持つ子どもと、その親たちの話です。

最初は、私の中にある障害や親に対する偏見が湧いてきて、自分に嫌悪感を感じました。でも、子どもたちを観ていくうちに、たくさんのことに気づかされたのです。

最も印象に残っているのは、重度の障害を持つ子どもが、「嬉しい」「美味しい」「楽しい」という表情をした時のこと。それは些細な表情の変化から伝わってきました。

その瞬間、私は今まで感じたことのないような幸せな気持ちになったのです。

現実は苦しいことが多い。でも、そんな幸せな一瞬は、生活の中にたくさんある。私にも、美味しい食事や楽しい時間、嬉しい出来事はたくさんあるよなあ…幸せだな…って、思ったんですよね。
 

目の前の、たくさんの「ある」

だいたいメンタルが不安定になるのは、「今」に目が向いていないとき。まだ来ていない未来や、起こっていない不安に支配されるから。

そんな時こそ、積極的に、今目の前に「ある」ものに目を向ける時なのかなと思いました。それは決して、「あの人より自分の方が」という比較ではなくて。

人によって、「ある」ものって千差万別。それも、『時には懺悔を』を観て、改めて感じさせてもらえました。

『時には懺悔を』の子どもたちにも、その子なりの「嬉しい」「美味しい」「楽しい」があって、私にも、私なりの美味しい食事や楽しい時間、嬉しい出来事が、確かにある。

どちらが多いか少ないかではなく、それぞれに違う「ある」があるんだな、と。

「自分にあるものに、自分が目を向ける」ことは、単に“大切”というだけではなく、それが自分を生きるということなのかな、と思いました。
 

叶えたい未来と、叶っていない現実と

今回、これだけ寝たということを、私自身は「休め」「止まれ」のサインのように受け止めています。吐き気についても、何か消化できていないことがあるのかな、と考えたり。

寝たあとも、しばらく吐き気が残っていたし、なんならまだ眠かった。

こうして、多少はなにかを消化できている風に書いているように見えるかもしれないけど、やっぱり消化できていないものはまだあります。頭で理解できても、無意識まで浸透するかというと、それは別物で。

「今」に目を向ける。「ある」ものに目を向ける。

もちろん、意識していくことは大事なこと。でも、これから叶えたい未来に向き合うことも必要だし、その都度、叶っていない現実にも直面してしまうものだと思うんです。

辛いことも、苦しいことも現実にはある。それらにも「今あるものだ」と目を向けることは必要だと思う。

一方で、いつもいつも、自分が心地よくなるような「今」「ある」ものだけに目を向けるのも、叶っていないことや不満を感じている現実からの逃げのようにも思います。

「ある」に目を向けることと、叶っていない現実にも向き合うこと。

どちらか一方ではなく、両方が必要で、しかも切り離せないものだと思います。そして、叶っていない現実に向き合うということは、ただ「ない」ものを数えることではなく、結局は、その現実の中に何が「ある」のかに目を向けることなのかもしれません。
 

自分の見直し

今回のシャットダウンを受けて、今の、特にここ数週間は自分に余裕がなかったなと、改めて振り返っています。

体調も良くなってきたし、少しずつ、自分を整え直していこうと思います。

⚫︎ 最近の生活を見直す
最近は、ぐるぐると考え事をしてしまい、寝るのが遅くなっていました。食生活も、どこか投げやりで適当になってしまったり、家も散らかってきています。

全体的に生活リズムが崩れかけているので、睡眠、食、家のリズムを見直して整えていきます。

⚫︎ 自分の時間に集中する
結婚に向き合おうとすると、叶っていない現実にガッカリしてしまいがちになる。結婚についてダラダラ考えるのではなく、仕事や趣味といった自分の時間も充実させていきます。

今が充実しているかどうかは、どんな現実にあっても、自分の意識の向け方で変わる部分があるんじゃないかな、と。

⚫︎「今」「ある」に目を向ける
気持ちが乱れてきた時は特に、「今」「ある」を意識するようにしていきたい。

過去や未来ばかりに意識を向けるのではなく、今の自分に目を向ける。たとえそれが、何かが足りないと不満に感じる現実であっても、その中に「ある」ものを、見つけてみたいと思います。

 
 
ようやく、だんだん気持ちが落ち着いてきた気がします。
今日も記事にできて、感謝です。
 

 

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